そんなテーマの番組があった。100年、200年という時間の経過とともに人類の痕跡は消えてゆき、それとともに地球は緑を増やし、乾燥地は自然な乾燥地らしい自然へと還ってゆく。海はトロール漁船による略奪がなくなって魚が増え、クジラは巨大な船舶が出す騒音が消えたために遠くの仲間と音波で交信しながら生きてゆく本来の姿を取り戻してゆく。都市は緑の草原や森林に戻り、それとともに多くの野生動物も戻ってくる。現在の野生動物は山に追いやられ、人間によってもっとも豊かな土地はすべて奪い取られている。都市に野生動物が迷い込もうものなら、大変な異常事態として大捕獲作戦が行われる様だ。都市でなくとも広大な農地は柵で囲まれ農薬で多くの生物を排除して人間が独占している。
人類が消えた後の世界で自然が本来の姿を取り戻してゆく映像は不思議と心癒されるものだった。地球が生命の輝く星として再生してゆく物語を観ているように感じるのだ。
「地球に優しい暮らし」「地球を救う」といった言葉の意味はどこにあるのだろう・・・。
僕たちが消え去ったとき、地球は生命の輝く素敵な星になる。僕たちが生きていることはそれだけで地球を痛めつけ、略奪することになっているのだ。その最大の理由は「経済的な利益」を人間が最大の価値基準にしていることだと思う。この世界で人間の思考の大半を占めるものはどのようなものか、少し考えてみるといい。悩みや不満、損得、性欲、病気や飢餓、孤独、争いと敵意、そして限りないノイズのようなつぶやき・・・。
もし人間の思考が「すべてを包み込む愛」を基本にしたものに変わるならば、だれも問題を抱えたまま放っておかれることはないだろう。人間が心豊かに満たされることを知れば、自然を収奪する必要はなくなってゆくだろう。人口も増えることはないし、たくさんのものを溜め込む必要もない。人類の消えた世界の姿は、人類が愛に目覚めた世界として訪れることも可能なのだ。僕たちは現在、その大きな岐路に立っているのだ。

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